さしこ推し

なんでも熱心なカフェ

幸せはどこに行ってしまったのか

戦後、バブルの絶頂まで、 GDPが6倍に経済発展しても、 生活満足度は変わっていないという統計が出ています。 また、もっと便利な生活がしたいと、 科学が進歩すれば、 交通事故、その他の問題が起きてくる。 現代物理学により、原子力まで 活用できるようになりましたが、 放射能の新たな不安が起きてきます。 あなた個人の人生を見てもでもどうでしょうか? あの学校に入れれば、と思って受験勉強をする。 お金が手に入れば、と思ってアルバイトをする 恋人ができればと思って、アプローチする。 あの会社に就職できればと思って就職活動をする。 結婚すれば、子供ができれば、 色々な努力をしてきたと思います。 それで幸せになれたでしょうか? 努力が実らなければ苦しいのは勿論ですが、 たとえ努力が実って志望校に入っても、 お金が手に入っても、 今度は別の苦しみがやってくる。 これで心から幸せになったと 満足することはありません。 何十年も努力して、 少しは幸せになれたでしょうか? 「この坂を越えたなら幸せがまっている」 と信じて、苦しみにたえながら坂をのぼっていくと、 また、新しい坂が見えてくる。 死ぬまで坂の連続で 待っていると信じている幸せはありません。 生きる目標、生き甲斐などの坂を 求めて努力して、 それでがかなえられたとしても、 人間に生まれたのは、これだった という幸せになれません。 ▼これを仏教では、 「流転輪廻(るてんりんね)」 といいます。 車の輪が同じところをぐるぐる 限りなく回り続けるように、 同じ所をぐるぐる回って 際限のないことです。 生まれてから死ぬまで 苦しみが色をかえ さまをかえてやってきて なくならないのです。 これを流転輪廻といわれて、 すべての人はそうだと言われます。 ▼例えば、日本の歴史上、 成功者といわれる 家康が言った有名な言葉があります。 ---------------------------------------------------------- 人の一生は重荷を背負って遠き道をゆくがごとし ---------------------------------------------------------- 家康は、 天下を統一し、 征夷大将軍となり、 徳川幕府300年の基礎を築きました。 「人の一生は」と言っても、 この家康の一生は、という自分自身のことです。 「重荷」とは苦しみのこと。 あれほどのことをやりながら、 自分の一生は、生まれてから死ぬまで、 重荷を背負ってはてしない道をいくようだった。   苦しみを一生なくならなかった。 天下をとっても、 将軍になっても、 幕府を開いても、なくならなかった。   結局これでは、 私たち人間は苦しむ為に生まれてきた 生きていることになってしまいます。   そういう生命ならば、 生命の尊厳といっても、何の意味もありません。 結局、みんな将来に対して 何となく不安を持っているのも、 そういうところに原因の一つが あるのではないでしょうか。 自殺する人が毎年3万人を超え、 苦しかったら死んで行きます。 生きる喜びというものはありません。